ある男が夢を見ました。夢の中で男は主イエスと二人で並んで歩いていました。男が後ろを振り返ると、これまでの道のりには、主イエスと自分の二組の足跡が記されていました。ところが、所々、足跡が一組しかない場所があります。男は思いました。
「そういえば、その場所は私が苦しんでいた時だ。
私が苦しんでいた時に限って一組しかない」。
そこで男は傍らのイエスに尋ねます。
「どうして私があなたを一番必要とした時に、
私からお離れになったのですか」。
イエスがお答えになりました。
「いとしい我が子よ。
私は片時もお前の側を離れたことはない。
お前が見た一組の足跡は、私のもの。
私はその時、お前を背負っていたのだ」
苦しい時ほど「自分はひとりぼっち」と思いがちです。この男のように、足跡が一組しかなければ、それは自分の足跡だと思い込みます。でも本当はそうではないのです。あなたが苦しみに負けないように、その試練を乗り越えられるように、そっと手を差し伸べてくれる存在が必ずあるのです。どんな試練の中にあっても、このことは忘れないでください。
「主イエス」とありますように、これはキリスト教のお話しです。私は仏教を奉ずる僧侶ですが、この話しを信じております。私にも「ひとりぼっち」と思うことが幾度もありました。その度に「こんなに苦しんでいるのに誰も助けてくれない」とひがんだりしました。それでも、ここまでたどり着けたのは、仏さまが私を背負ってくださったからです。そうでなければ、懲りずに愚行を繰り返す私が、今こうして穏やかな気持ちでいられるわけがありません。目には見えなくても、大きくて尊い存在を感じることは誰にもあるでしょう。背負われているのは、きっとそのような時かもしれません。どうか、自暴自棄になったりあきらめたりしないでくださいね。
正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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