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正雲寺は主人を追って…

正雲寺は460年続く禅宗のお寺です。先日お寺の歴史を調べておりましたら面白い事が分かりました。

正雲寺は永禄5年(1562年)、現在の新潟県柏崎市南条(みなみじょう)の地に建立されました。建立主は上杉景勝(上杉謙信の養子として家督を継ぐ)の家臣南条氏です。南条は元は毛利という名でしたが、この地を領地とする際に毛利から地名と同じ名に改めました。正雲寺は上杉家の戦勝祈願所として建てられました。元の名は今とは山号が違い、神宮山正雲寺といいました。

ご存知の方も多いと思いますが、上杉家は豊臣秀吉の命令により長く治めていた越後(新潟県)から会津若松に領地替えをさせられました。慶長3年(1598年)のことです。後には、関ヶ原の戦いで石田三成勢に味方したことから徳川家康の怒りを買い米沢(山形県)に移封されますが、それはともかく、上杉景勝の会津への領地替えの際は、家臣である南条氏も領地南条を捨ててこれに従いました。正雲寺は建立主を失ったことになります。その後、正雲寺は衰退と中興を繰り返しながら命脈を保ち、ついに昭和59年(1984年)に会津若松に移築され今に至っております。

私が面白いと感じたのは、歴史の偶然とは言え、正雲寺の伽藍は386年の時を経て会津若松まで建立主を追って来たということです。もし伽藍に人格のようなものがあるとしたら、よほど主人を慕っていたということになります。何か歴史のロマンを感じるお話です。主人の恩を決して忘れないこの律儀な正雲寺を私はしっかりと守らなければならないと思いました。もしかすると、また数百年後には、主人の眠る米沢の地まで再び移動するかもしれませんね。

住職代理 無聖(むしょう)