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私の修行生活

無学老師は修行僧たちに「善いことだけしなさい」と言います。しかし理解の遅い私には「ことさら善いことをしなくてもいい。欠点を一つずつ消していきなさい。そうすれば放っておいても善くなる」と諭します。老師の一言がきっかけで一足飛びに高い境地に達する僧もいますが、私は違います。その時々でいちいち欠点を改めながら地道に進むしかないと思っています。私の数多い欠点の中で三つだけをここに記します。

① 出し惜しみする時がある。
② 自慢話をしたり人を非難する時がある。
③ 我慢できずに怒る時がある。

私の心の中にはけちん坊がいます。物に限らず心も出し惜しみする自分です。だからこそ、惜しまず与えることを第一の修行と捉えています。調子に乗って口数が増えると、自分のことを誇らしげに話したり人を非難することがあります。そんな時は「私はエゴが強く心根が卑しいのだ」と言い聞かせて言葉を慎重に選びます。これが第二の修行です。相手の暴言に対して同じように言い返すことがあります。売り言葉に買い言葉です。怒りや暴言は、私が大切に築き上げてきたものを一瞬で破壊します。これまでの修行が台無しです。そうならないように相手の怒りには反応せず、徹底して耐えることを第三の修行としています。

もしもあなたが私に対して「出し惜しみしない人」「悪口を言わない人」「怒らない人」という印象を持ったとしたら、それは私が心の中で必死に努力をしている結果だと思ってください。本来の私はその逆なのですから。私のような愚鈍な者でも正しい方法で努力をすれば必ず善くなるとお釈迦様は説かれました。老師は「人は心に願ったとおりの人間になる。善い人になるためには、善い人になりたいと願うことだ」と言います。私はお二人の言葉を信じて修行生活を続けています。

住職代理 無聖