答え:まずは身近な人を助けることです。
ある男性が「私は人助けがしたいです。宮沢賢治の『雨ニモマケズ』のような生き方がしたいです」と言いました。ところが話を聞いているうちに、彼が問題を抱えていることを知りました。それは老いた母親と口論になることが多く、時には母親に対して暴力を振るうことがあるというのです。自尊心が強く利他の心を持たない母親を恥ずかしく思っているとのことでした。彼の志は彼にとっては災いとなっていました。自分が理想を求める一方で、その理想に反する他人を許せなくなっていたのです。話の最後に私はこう尋ねました。「身近な人さえ助けられない者が他人を助けることができますか」と。そもそもどんな理由であれ相手が誰であれ人に暴力を振るうような者は人助けを語る資格はないでしょう。このような話はこの男性に限りません。一方で理想を語りながら、他方では理想と矛盾することを自ら行っている人は多いのです。この男性も人を助けたいと言いながら人に暴力を振るい、人を蔑(さげす)んでいます。人助けは相手を選ぶことではありません。身近な人には辛く当たり、遠くの他人には優しくするというのは矛盾しています。『雨ニモマケズ』を愛読するなら、主人公「サウイフモノ」も相手を選んでいないこと、自分が蔑まれても人を蔑まないということを読み取らなければなりません。かつて無学老師は「親孝行ができない者は利他を語るな」と厳しく言われたことがあります。人助けと言うなら、母親に対しても他人に対しても同等にすべきです。自尊心が強く利他の心を持たない老母を正しい道に導くことも人助けです。その努力ができて初めて他人にも目を向けることができます。
住職代理 無聖(むしょう)