
正雲寺には、私が宝物だと思っているものが三つあります。一つ目は、寺を囲む自然です。自然は容赦がなく、生活するには厳しいこともあります。それでも、四季の彩りは美しく、山や谷をわたる風は清らかで、心が洗われる思いがします。ここには昆虫や鳥獣たちのありのままの生活があり、山々に重なって響く彼らの鳴き声が、静寂の意味を教えてくれます。二つ目は、志しを同じくする同胞と一匹の犬と四匹の猫たちです。仏道は、自分の心と向き合うことです。大きな安心につながる修行ですが、同時に忍耐といった困難をともないます。そんな時、心の支えになってくれるのがかれらです。三つ目は、仏の冥助(みょうじょ)です。正雲寺が困った時には、いつも何かが助けてくれます。それは仏の智慧であったり、時には人やお金であったりもします。私は、本当に困った時に現れる目には見えない仏の助力だと思っています。
世間でいう富や快楽はありませんが、私なりの幸せを実感することができます。午前中は自分のできる範囲の利他行に努め、午後には体を使って労働し、夕刻になると健康に配慮された食事をとり、晩には愛猫トモと一緒に仏教の勉強をします。布団に入れば、眠りにつくのに3分とかかりません。単純ですが、充実した毎日です。三つの宝物のおかげです、しかし、その宝物も、仏の智慧を除けば、はかなくもろいのです。それをよく心に留めながら、眼前の宝物に執着することなく、ありがたく受け取ろうと思います。
住職代理 無聖(むしょう)