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試練の中で

ある男が夢を見ました。夢の中で男は主イエスと二人で並んで歩いていました。男が後ろを振り返ると、これまでの道のりには、主イエスと自分の二組の足跡が記されていました。ところが、所々、足跡が一組しかない場所があります。男は思いました。

「そういえば、その場所は私が苦しんでいた時だ。
私が苦しんでいた時に限って一組しかない」。
そこで男は傍らのイエスに尋ねます。
「どうして私があなたを一番必要とした時に、
私からお離れになったのですか」。
イエスがお答えになりました。
「いとしい我が子よ。
私は片時もお前の側を離れたことはない。
お前が見た一組の足跡は、私のもの。
私はその時、お前を背負っていたのだ」

渡部和子著 『目に見えないけれど大切なもの』 より

   

苦しい時ほど「自分はひとりぼっち」と思いがちです。この男のように、足跡が一組しかなければ、それは自分の足跡だと思い込みます。でも本当はそうではないのです。あなたが苦しみに負けないように、その試練を乗り越えられるように、そっと手を差し伸べてくれる存在が必ずあるのです。どんな試練の中にあっても、このことは忘れないでください。

「主イエス」とありますように、これはキリスト教のお話しです。私は仏教を奉ずる僧侶ですが、この話しを信じております。私にも「ひとりぼっち」と思うことが幾度もありました。その度に「こんなに苦しんでいるのに誰も助けてくれない」とひがんだりしました。それでも、ここまでたどり着けたのは、仏さまが私を背負ってくださったからです。そうでなければ、懲りずに愚行を繰り返す私が、今こうして穏やかな気持ちでいられるわけがありません。目には見えなくても、大きくて尊い存在を感じることは誰にもあるでしょう。背負われているのは、きっとそのような時かもしれません。どうか、自暴自棄になったりあきらめたりしないでくださいね。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

『修証義』 第8節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

【第8節 現代語訳】
誠心誠意、心を一つにして、仏さまの前で懺悔(ざんげ)をしなさい。そうすると、懺悔の不思議な力が働いて、罪の重さに苦しむあなたの心は救われ、身と心は清らかになります。さらにそこから清らかな信心が芽ばえ、あなたの幸せを求める努力を助けてくれるのです。清らかな信心は、あなただけでなく、あなたの周囲の人々をも清らかにしていきます。そうやって、生きとし生けるものすべてが、懺悔の不思議な力を受け取るのです。
※本来、仏教では「懺悔」を「さんげ」と読みます。

問い:中絶をしました。罪悪感に苦しんでいます。

答え:仏さまに懺悔(さんげ)をしてください。

あなたに回心していただき、笑顔を取り戻してもらいたいと思います。仏さまは、深い愛情で罪を犯した人々を平等に優しく包んでくださいます。どうぞ、家の中で悩んでいないで、お寺に足を運んでください。そして仏さまの前に座って、心からの懺悔(さんげ)をしてください。

あなたが辛いお立場にあることは承知しております。しかし事実は申し上げなければなりません。正しい自覚なしに先に進めば、再び過ちを犯す危険があるからです。中絶はいかなる理由においても罪です。ここにマザーテレサの言葉をご紹介します。「中絶する者は平和の破壊者です。なぜならば、母が子供を殺すなら、他人同士が殺し合うのは当然になるからです」。この言葉の根底には「命を与え、また命を奪うのは神のみ」という考えがあります。神ではない人が命を自由にしてはならないということです。中絶は、男女の間で適切な配慮がなされていれば、犯す必要のなかった罪です。仏教は、自分の命を維持するための最小限の殺生は認めています。しかしそれ以外の必要性のない殺生は厳しく禁じています。「みだりに殺してはならない」は、仏教の戒律の中で最も重大な戒律です。それだけに罪も重いのです。罪を犯せば、それ相応の苦の報いが必ずあります。誰も報いから逃れることはできません。これを仏教の用語で「自業自得(じごうじとく)」と言っています。あなたが現に罪悪感に苦しんでいることが報いかもしれませんし、別の形でやって来るかもしれません。それは誰にも分からないのです。苦の報いを消し去ることはできません。

懺悔とは、合掌して頭を下げ、嘘や飾りのない素直な心で仏さまに洗いざらい罪を告白することです。そして「もう二度と繰り返しません」と誓い、回心することです。その心が本物である時、仏さまがあなたの罪を消し去り、重い報いを軽くし、あなたの身と心を清らかにしてくださると経典には書かれています。懺悔の不思議な力と言えるでしょう。あなたはまず徹底して懺悔をしなければなりません。その懺悔が本物であった時、はじめて未来が開かれるのです。正雲寺にお越しの際は、どうぞ声をかけください。仏さまの慈悲の心に触れながら、これからのことを一緒に考えてまいりましょう。

住職代理 無聖(むしょう)

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会津正雲寺 0242-28-1110
大分正雲寺 097-583-4433
水子供養は、福島県と大分県にある二つの正雲寺で承ります。

〇懺悔の不思議な力については、『修証義』という経典に記されています。あわせてご覧ください。
『修証義』第7節
『修証義』第8節

問い:ここから逃げたいです。

答え:置かれた場所で咲きなさい。

私がお慕いする宗教家の一人に、渡部和子というカトリックのシスターがいます。今年、89歳におなりです。答えに示した「置かれた場所で咲きなさい」は、シスターのお言葉です。同名の著書がありますので、ご存じの方も多いでしょう。この言葉は、シスターがまだお若く、悩むこと多かった時代に、ある宣教師から贈られた英詩で、原意は「神があなたをお植えになった場所で咲きなさい」であったものをシスターが「もっと日本人に馴染みやすい言葉で」と意訳されたものです。この英詩には続きがあります。それは「咲くということは、仕方がないと諦めることではありません。それは笑顔で幸せに生き、周囲の人々も幸せにすることによって、神が、あなたをここにお植えになったのは間違いでなかったと証明することなのです」というものです。私はこの続きの部分も含めて、この言葉がとても好きです。

おそらくは誰でも不本意な境遇に身を置いた経験がおありでしょう。今がそうだという人もいらっしゃるかもしれません。お尋ねの方のように「逃げたいのに逃げられない」という境遇で、誰にも相談できずに悩んでおられるかもしれません。シスターは、50年以上も信仰と修道に生きたお方ですが、それでも「こんなはずじゃなかった。逃げたくてしかたない」という思いの連続だったとおっしゃっています。

境遇を変えることは難しくても、それに向き合う心は自由です。境遇が変えられないからといって、あなたの心までが変えられないわけではありません。病気のためにベッドに寝たきりの人でも、心までベッドに縛られているわけではありません。病気を悲観してすさんだ気持ちになるのも、笑顔を振りまいて他の患者さんに喜びを与えるのも同じ心です。同じものを見ていても、暗い気持ちになる人もいれば、明るく前向きにとらえる人もいます。辛い境遇から逃げたいと思うか、立ち向かって自分の成長の肥やしにするかで、ずいぶんと人生は変わります。

あなたが今ここにあるのは、神様がお決めになったプランだからです。神様はきっと、その不本意な境遇でも、あなたが力を発揮することをすでにご承知なのです。あなたが出し惜しみをしている潜在的な力を引き出すために、あえてその境遇をお選びになったのでしょう。神様の親心です。そのお心に感謝して、思し召しのとおりであることを証明してみせてください。苦しいことや悲しいことが続くかもしれません。でもそれは必ず終わります。聖書には「神様は力に余る試練を決してお与えにならない。試練には、それに耐えられるように逃れる道を備えてくださる」とあります。心配せずに自分の力を信じて、笑顔で歩いてください。その時、あなたの前方には、あなたのための道が必ず延びていきます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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今を善(よ)く生きる

幽霊といえば、おどろ髪(手入れされていないぼさぼさの髪)を後ろに長くひき、両手は体の前でだらりと垂れ、両足のない姿というイメージですね。うつろで生気のない様子は、生きている私たちとは違って見えます。ところが本当は私たちの姿そのものだというのです。長いおどろ髪は、過去にとらわれ、ずっと引きずっている様子を、前に垂れた両手は、為す術なくただ未来を思い煩っている様子を、両足がないのは、しっかり大地を踏みしめて今を生きていない様子を表しているそうです。

仏さまは「過去を悔いることなく、未来を悩むことなく、今を善く生きなさい」と教えています。今を善く生きているなら、過去のすべての過ちは善の種となります。悔いる必要はありません。そして未来は今の積み重ねですから、今を善く生きているなら未来も善く生きられます。悩む必要はありません。過去と未来の価値を決めるのは、今の生き様なのです。あれこれ悩まずに、今を善く生きることに専念しましょう。善く生きるとは、あなたが毎日「喜び」と「感謝」とともに生きることです。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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『修証義』 第7節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第7節 現代語訳】
仏さまは、平気で悪事を働く私たちを憐れみに思い、懺悔(ざんげ)の門を開いてくださいました。これは私たちに、本当の心の平安を得させようとのお気持ちからです。これほどの慈愛を頂戴しながら、この門に入らない者などありません。悪事を働けば必ず苦の報いがあることは誰にも変えられない真理ですが、懺悔することで、重い報いを軽くすることができます。その上、あなたが犯したこれまでの罪を消し去り、身と心を清らかにし、立ち直る機会を与えます。懺悔はそれほど尊いのです。
※本来、仏教では「懺悔」を「さんげ」と読みます。

【用語解説】 悪事(あくじ)
仏さまは「貪(むさぼ)ること」「怒ること」「真理を軽んじること」の三つを悪事と呼びました。法律に反するような社会的な犯罪だけでなく、誰もが持っている煩悩のことでもあります。つまり私もあなたも悪事を働いているのです。三つ目の「真理」とは、「悪事を働けば、必ず苦の報いがある」ということです。

お地蔵さん

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正雲寺の参道にはたくさんのお地蔵さんが並んでいます。子どもたちを守る水子地蔵さまです。明るく開放的な雰囲気の中で、今日も多くのお父さんやお母さんがお地蔵さんに話しかけています。豊かな自然に囲まれて、静かで優しい時間が流れます。

会津正雲寺 http://shounji.or.jp

お悩み相談 「ぼやく寺」

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誰もが悩みを抱えています。小さな悩みから大きな悩みまで様々です。家族にも言えないことだってあります。それでもお坊さんには話せるかもしれません。人が困ること、人が悲しむことは決してしないのがお坊さんです。安心して話してください。世間の常識ではなく、お釈迦さまの常識で物事を見れば、いつもの景色も一変します。「ぼやく寺」には、偏見も差別もありません。気軽に集えるみんなのお寺です。

 

『修証義』 第6節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「ブッダの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第6節 現代語訳】
しっかりと胆に銘じておきなさい。あなたの人生はたった一回きりであり、二回も三回もあるわけではありません。ところがその唯一無二の人生を虚しく過ごし、自分勝手な考えで悪事を働いて地獄に堕ちようとしています。悲しいことですが、大切な人生を無駄にしているのです。ある人は、悪事を働きながら「これは悪ではない」と言います。また別の人は「悪事を働いても苦の報いなどない」と言います。そのように考えるだけで地獄に堕ちるということを知らないのです。

【用語解説】 悪事(あくじ)
仏さまは「貪(むさぼ)ること」「怒ること」「真理を軽んじること」の三つを悪事と呼びました。法律に反するような犯罪だけでなく、誰もが持っている煩悩のことでもあります。つまり私もあなたも悪事を働いているのです。三つ目の「真理」とは、「悪事を働けば、必ず苦の報いがある」ということです。

問い:水子とどう付き合っていけばいいですか?

答え:あなたのお子さんです。幸せにしてあげてください。

子供が幸せに思うことは何でしょうか。おもちゃやお菓子があること。動物園や遊園地に行くこと。友達と遊ぶこと。本人はあまり気付いていませんが、もう一つ、とても幸せな気持ちになる時があります。それはお父さんやお母さんが優しく笑っている時です。

水子ちゃんの存在が、いつまでもあなたの悲しみや苦しみの原因であってはいけません。「この子がいてくれたおかげで私は幸せになれた」と思えるように、水子ちゃんが自分の喜びとなるように努力してください。そうやってお父さんとお母さんに笑顔が戻れば、水子ちゃんは幸せな気持ちになります。あなたが一生、お子さんと仲良く幸せに暮らす秘訣は、水子ちゃんに感謝しながら、あなた自身が幸せになることです。

水子ちゃんのことでお悩みの方は、いつでもご連絡ください。なんでもお話しください。ご相談は無料です。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
メール: mushosan@shounji.or.jp
LINE ID: mushosan
ご連絡の際「ブログを見た」と
書き添えていただけると幸いです。

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水子供養は、福島県と大分県にある二つの正雲寺で承ります。