現代語訳『修証義』

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『修証義』 第11節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

【第11節 現代語訳】
次に三宝を厚く敬いなさい。何度生まれ変わろうとも、どんな身になろうとも、三宝を敬う心を忘れてはいけません。仏教がインドから中国へ、中国から日本へ伝わる間、人々が正しく伝えてきたのは、三宝を敬う心だったのです。

【用語解説】 三宝(さんぼう)
三宝とは、仏教における三つの宝です。お釈迦様ご本人と、お釈迦様の説く教えと、その教えを守り継ぐ仏弟子のことです。これを「仏法僧(ぶっぽうそう)」といいます。

『修証義』 第10節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第10節 現代語訳】
懴悔する時は、〔第9節の祈りの後に〕次のように声に出して唱えなさい。

我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貪瞋癡(かいゆむしとんじんち)
従身口意之所生(じゅうしんくいししょしょう)
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)

この意味は「昔から私が造り続けてきた悪業は、貪りと怒りと無知が原因となって、心と言葉と行いに現れたものです。私は今、それらすべてについて懴悔いたします」です。このように唱えて懺悔するから、目には見えない仏さまのお助けをいただけるのです。心から反省し、合掌し頭を下げて、これまでの罪を洗いざらい仏さまにに白状しなさい。そうすることで、罪が根っこから消え去るのです。

【用語解説】 我昔所造諸悪業・・・
この短いお経は『懺悔文(さんげもん)』といいます。人は誰でも罪を犯します。罪を犯したままにするのではなく、心から反省して二度と同じ過ちは繰り返さないと仏さまに誓うのです。懺悔する力、これこそ人間が他の生命と大きく異なる証しです。

『修証義』 第9節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第9節 現代語訳】
懴悔(ざんげ)する時は、まず心の中で次のように祈りなさい。「私はこれまで多くの罪を犯してきました。その報いが今次々と襲ってきて、幸せになろうとする私の努力を邪魔します。仏さま、私をどうかお助けください。罪を犯しては報いに苦しむことを何度も繰り返す愚かな私ですが、あきらめずに努力いたしますので、この悪の連鎖を断ち切れるようにお力をお貸しください。仏さまもその昔は私と同じ凡夫だったと聞きます。それなら、私もきっと仏さまのようになれると信じて生きて参りますから」
※本来、仏教では「懺悔」を「さんげ」と読みます。

『修証義』 第8節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第8節 現代語訳】
誠心誠意、心を一つにして、仏さまの前で懺悔(ざんげ)をしなさい。そうすると、懺悔の不思議な力が働いて、罪の重さに苦しむあなたの心は救われ、身と心は清らかになります。さらにそこから清らかな信心が芽ばえ、あなたの幸せを求める努力を助けてくれるのです。清らかな信心は、あなただけでなく、あなたの周囲の人々をも清らかにしていきます。そうやって、生きとし生けるものすべてが、懺悔の不思議な力を受け取るのです。
※本来、仏教では「懺悔」を「さんげ」と読みます。

『修証義』 第7節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第7節 現代語訳】
仏さまは、平気で悪事を働く私たちを憐れみに思い、懺悔(ざんげ)の門を開いてくださいました。これは私たちに、本当の心の平安を得させようとのお気持ちからです。これほどの慈愛を頂戴しながら、この門に入らない者などありません。悪事を働けば必ず苦の報いがあることは誰にも変えられない真理ですが、懺悔することで、重い報いを軽くすることができます。その上、あなたが犯したこれまでの罪を消し去り、身と心を清らかにし、立ち直る機会を与えます。懺悔はそれほど尊いのです。
※本来、仏教では「懺悔」を「さんげ」と読みます。

【用語解説】 悪事(あくじ)
仏さまは「貪(むさぼ)ること」「怒ること」「真理を軽んじること」の三つを悪事と呼びました。法律に反するような社会的な犯罪だけでなく、誰もが持っている煩悩のことでもあります。つまり私もあなたも悪事を働いているのです。三つ目の「真理」とは、「悪事を働けば、必ず苦の報いがある」ということです。

『修証義』 第6節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「ブッダの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第6節 現代語訳】
しっかりと胆に銘じておきなさい。あなたの人生はたった一回きりであり、二回も三回もあるわけではありません。ところがその唯一無二の人生を虚しく過ごし、自分勝手な考えで悪事を働いて地獄に堕ちようとしています。悲しいことですが、大切な人生を無駄にしているのです。ある人は、悪事を働きながら「これは悪ではない」と言います。また別の人は「悪事を働いても苦の報いなどない」と言います。そのように考えるだけで地獄に堕ちるということを知らないのです。

【用語解説】 悪事(あくじ)
仏さまは「貪(むさぼ)ること」「怒ること」「真理を軽んじること」の三つを悪事と呼びました。法律に反するような犯罪だけでなく、誰もが持っている煩悩のことでもあります。つまり私もあなたも悪事を働いているのです。三つ目の「真理」とは、「悪事を働けば、必ず苦の報いがある」ということです。

『修証義』 第5節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「ブッダの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

【第5節 現代語訳】
善の行いには楽の報いが、悪の行いには苦の報いがあります。では、報いはいつやって来るのでしょうか。その時期は三つです。第一は順現法受(じゅんげんほうじゅ)。あなたの行いの報いが、あなたが生きている間にやって来ることです。第二は順次生受(じゅんじしょうじゅ)。あなたの行いの報いが、次の世に生まれ変わった時にやって来ることです。第三は順後次受(じゅんごじじゅ)。あなたの行いの報いが、次の次の世以降にやって来ることです。結局は未来永劫に、報いが消滅することはありません。この三つの時期を「三時(さんじ)」といいます。ブッダの教えを学ぶには、初めにこの「三時」を信じることです。「行いの後には必ず報いがある」という理(ことわり)を信じない者は悪に走ります。そして生きながら地獄に堕ちるか、または来世以降に地獄に堕ちて、激しい苦しみを受けることになるのです。

『修証義』 第4節

【解説】
「しゅしょうぎ」と読みます。現在の曹洞宗を開かれた道元(どうげん:1200-1253)禅師は、ご生涯を通して『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を著わされました。この『正法眼蔵』から文言を抜き出し、明治中期に編纂されたのが『修証義』です。仏教の教えを全31節にまとめて、やさしく解説しています。

皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。大学の卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりました。年齢を重ね、悟境を深めるにつれ、訳文は成熟したものとなっていくでしょうが、裏を返せば、若気の至りで稚拙な部分も多いということです。わたくしの裏も表もない等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。合掌

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第4節 現代語訳】
多くの人々は、現世での善悪の行為によって、来世で生まれ変わった後に苦や楽の報いを受けるということを信じません。この因果応報の法則が、過去・現在・未来に渡って影響することを認めず、「苦の報いなどあるものか」などと勝手を言って、好んで悪事を働くような者に近づいてはいけません。この法則は、誰にも動かしがたい真理なのです。悪事を働く者は、地獄に堕ちて苦しみを受けます。しかし反対に、善い事をする人は、天上界に登って楽を受けるのです。この道理にわずかの狂いもありません。もし因果応報の法則などないと言うなら、ガウタマ・シッダールタという一人の若者が悟りを得てブッダとなり、摩訶迦葉(まかかしょう)が跡を継ぎ、菩提達磨(ぼだいだるま)が法を受け継いでインドから中国へ仏法を伝えたこと、つまり世代を超えて法が引き継がれ、今あなたの目の前に正伝の仏法が存在しているという事実をどうやって説明するのですか。

『修証義』 第3節

【解説】
「しゅしょうぎ」と読みます。現在の曹洞宗を開かれた道元(どうげん:1200-1253)禅師は、ご生涯を通して『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を著わされました。この『正法眼蔵』から文言を抜き出し、明治中期に編纂されたのが『修証義』です。仏教の教えを全31節にまとめて、やさしく解説しています。

皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。大学の卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりました。年齢を重ね、悟境を深めるにつれ、訳文は成熟したものとなっていくでしょうが、裏を返せば、若気の至りで稚拙な部分も多いということです。わたくしの裏も表もない等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。合掌

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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【第3節 現代語訳】
無常の命は、むなしく消えていきます。例えるなら、草の葉に落ちた一滴の朝露のようなものです。命は時にさらされて、一刻も止まることがありません。若くありたいと願っても、実際は面影すら残さないのです。過ぎ去ったものを戻すことはできません。たとえ国王、大臣、親族、妻子、財産であっても、死に面したあなたを助けることはできません。あなたは、たった一人で死んでいくのです。その時、あなたと共にあるのは、あなたが生前に為したこと、ただ善悪の行いだけなのです。

『修証義』 第2節

【解説】
「しゅしょうぎ」と読みます。現在の曹洞宗を開かれた道元(どうげん:1200-1253)禅師は、ご生涯を通して『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を著わされました。この『正法眼蔵』から文言を抜き出し、明治中期に編纂されたのが『修証義』です。仏教の教えを全31節にまとめて、やさしく解説しています。

皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。大学の卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりました。年齢を重ね、悟境を深めるにつれ、訳文は成熟したものとなっていくでしょうが、裏を返せば、若気の至りで稚拙な部分も多いということです。わたくしの裏も表もない等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。合掌

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

【第2節 現代語訳】
人間として生まれることは、大変に幸運なことです。地獄や餓鬼、畜生や修羅の世界に生まれていても不思議ではなかったのですから。その上、今こうして仏法に出逢えたというのは、人間の中でも極めてまれな幸運と言えるでしょう。ご先祖様が積み重ねてきた善行の結果を私たちが幸運として授かっているのです。私たちは輪廻転生という形で、何度も何度も生まれ変わり、苦しみの多い人生を懲りずに繰り返しています。しかし今このような幸運にあるあなたの人生は、これまで繰り返されてきた人生の中で最も善く、最も優れたものと言えます。せっかく授かった幸運なのですから、自分の命を大切にし、有効に使って下さい。幻のような虚しいことに時間を浪費しないで下さい。