難しく考えんでいい。
善いことだけしなさい。
簡単なことじゃ
先代住職無学老師の口ぐせです。仏門での暮らしはこの言葉に尽きます。争いや苦悩の絶えない俗世とは距離を置き、心を落ち着かせて善いことだけに集中します。そうやって心身を浄めるのです。もし難しいと感じるなら、善行を邪魔するものは何か、それを直視することから始めましょう。
はじめにお断りしておかなければなりません。お寺で暮らすということは、会社勤めやアルバイトとは違います。お金を稼ぐことが目的ではありません。もし収入を期待してのことでしたら入門はご遠慮ください。生きるために必要以上のものはすべて苦しみの原因です。捨てること、持たないこと、足るを知ることは、苦しみをなくす最善の方法なのです。蓄えができるほど差し上げるはことはできませんが、生涯の安心を差し上げたいと思います。質素ですが、平穏で心豊かな生活です。
入門には二つの道があります。一つは、出家して僧侶として修行する道です。
もう一つは、出家はせず、寺人として暮らす道です。それぞれの道についてご説明します。
出家して修行する
出家に至るまでの道のりはすべて過去のこと、すでに終わったことです。大切なことは今この瞬間をどう生きるかです。どんな過去も仏と縁を結ぶために必要な準備です。たとえ苦しみや怒りの多い過去であっても、すべては仏と縁を結ぶために必要だったのです。このご縁を軽く見ず大切になさってください。
はじめは寺人として在家のまま寺で過ごし、作務を通して自分を見つめます。時期を見て、生涯の師となる者が戒律を授け僧侶として認めます。以降数年間は見習いの僧侶として仏教の基礎を学びながら師僧の補佐や仏事の手伝いをします。正雲寺では人のご供養に加え、動物のご供養も行なっています。両者と向き合いながら「命」を学んでください。
詳しくは実際にお会いしてお話を伺った上で決めることになりますが、さしずめ以下のことを最初の条件といたします。これらの条件に合う方は、顔写真入りの履歴書と「今までの私」と題した作文(A4用紙3枚以内)を会津本山にお送りください。

- 年齢は50歳位までの方。性別は問いません。
- 人と動物に優しくできる方
- わがままを言わない方
- パソコンを使える方
- 自動車免許をお持ちの方

寺人として暮らす
寺人(てらびと)とは、僧侶と生活を共にしながら日常の作務(さむ)を通してお寺を支えてくださる人をいいます。作務とは、生活に必要なあらゆる種類の作業です。具体的には、草刈り、除雪、建物内外の清掃、大工仕事、動物の世話など多岐にわたります。初めから丁寧に指導いたしますので経験がない方でも大丈夫です。作務は単なる肉体労働ではありません。お寺ではとても重要な修行の一つです。寺人だけではなく、僧侶も率先して従事します。
詳しくは実際にお会いしてお話を伺った上で決めることになりますが、さしずめ以下のことを最初の条件といたします。これらの条件に合う方は、顔写真入りの履歴書と「今までの私」と題した作文(A4用紙3枚以内)を会津本山にお送りください。

- 年齢は50歳位までの方。性別は問いません。
- 健康な方。体を使う作業が多いためです。
- 乱暴な言葉づかいをしない方。
- 自動車免許をお持ちの方。
コラム私の修行生活
無学老師は修行僧たちに「善いことだけしなさい」と言います。しかし理解の遅い私には「ことさら善いことをしなくてもいい。欠点を一つずつ消していきなさい。そうすれば放っておいても善くなる」と諭します。老師の一言がきっかけで一足飛びに高い境地に達する僧もいますが、私は違います。その時々でいちいち欠点を改めながら地道に進むしかないと思っています。私の数多い欠点の中で三つだけをここに記します。
① 出し惜しみする時がある。
② 自慢話をしたり人を非難する時がある。
③ 我慢できずに怒る時がある。
私の心の中にはけちん坊がいます。物に限らず心も出し惜しみする自分です。だからこそ、惜しまず与えることを第一の修行と捉えています。
調子に乗って口数が増えると、自分のことを誇らしげに話したり人を非難することがあります。そんな時は「私はエゴが強く心根が卑しいのだ」と言い聞かせて言葉を慎重に選びます。これが第二の修行です。相手の暴言に対して同じように言い返すことがあります。売り言葉に買い言葉です。怒りや暴言は、私が大切に築き上げてきたものを一瞬で破壊します。これまでの修行が台無しです。そうならないように相手の怒りには反応せず、徹底して耐えることを第三の修行としています。
もしもあなたが私に対して「出し惜しみしない人」「悪口を言わない人」「怒らない人」という印象を持ったとしたら、それは私が心の中で必死に努力をしている結果だと思ってください。本来の私はその逆なのですから。私のような愚鈍な者でも正しい方法で努力をすれば必ず善くなるとお釈迦様は説かれました。老師は「人は心に願ったとおりの人間になる。善い人になるためには、善い人になりたいと願うことだ」と言います。私はお二人の言葉を信じて修行生活を続けています。
住職代理 無聖