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今を善(よ)く生きる

幽霊といえば、おどろ髪(手入れされていないぼさぼさの髪)を後ろに長くひき、両手は体の前でだらりと垂れ、両足のない姿というイメージですね。うつろで生気のない様子は、生きている私たちとは違って見えます。ところが本当は私たちの姿そのものだというのです。長いおどろ髪は、過去にとらわれ、ずっと引きずっている様子を、前に垂れた両手は、為す術なくただ未来を思い煩っている様子を、両足がないのは、しっかり大地を踏みしめて今を生きていない様子を表しているそうです。

仏さまは「過去を悔いることなく、未来を悩むことなく、今を善く生きなさい」と教えています。今を善く生きているなら、過去のすべての過ちは善の種となります。悔いる必要はありません。そして未来は今の積み重ねですから、今を善く生きているなら未来も善く生きられます。悩む必要はありません。過去と未来の価値を決めるのは、今の生き様なのです。あれこれ悩まずに、今を善く生きることに専念しましょう。善く生きるとは、あなたが毎日「喜び」と「感謝」とともに生きることです。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

『修証義』 第7節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「仏さまの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

【第7節 現代語訳】
仏さまは、平気で悪事を働く私たちを憐れみに思い、懺悔(ざんげ)の門を開いてくださいました。これは私たちに、本当の心の平安を得させようとのお気持ちからです。これほどの慈愛を頂戴しながら、この門に入らない者などありません。悪事を働けば必ず苦の報いがあることは誰にも変えられない真理ですが、懺悔することで、重い報いを軽くすることができます。その上、あなたが犯したこれまでの罪を消し去り、身と心を清らかにし、立ち直る機会を与えます。懺悔はそれほど尊いのです。
※本来、仏教では「懺悔」を「さんげ」と読みます。

【用語解説】 悪事(あくじ)
仏さまは「貪(むさぼ)ること」「怒ること」「真理を軽んじること」の三つを悪事と呼びました。法律に反するような社会的な犯罪だけでなく、誰もが持っている煩悩のことでもあります。つまり私もあなたも悪事を働いているのです。三つ目の「真理」とは、「悪事を働けば、必ず苦の報いがある」ということです。

お地蔵さん

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正雲寺の参道にはたくさんのお地蔵さんが並んでいます。子どもたちを守る水子地蔵さまです。明るく開放的な雰囲気の中で、今日も多くのお父さんやお母さんがお地蔵さんに話しかけています。豊かな自然に囲まれて、静かで優しい時間が流れます。

会津正雲寺 http://shounji.or.jp

お悩み相談 「ぼやく寺」

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誰もが悩みを抱えています。小さな悩みから大きな悩みまで様々です。家族にも言えないことだってあります。それでもお坊さんには話せるかもしれません。人が困ること、人が悲しむことは決してしないのがお坊さんです。安心して話してください。世間の常識ではなく、お釈迦さまの常識で物事を見れば、いつもの景色も一変します。「ぼやく寺」には、偏見も差別もありません。気軽に集えるみんなのお寺です。

 

『修証義』 第6節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「ブッダの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

【第6節 現代語訳】
しっかりと胆に銘じておきなさい。あなたの人生はたった一回きりであり、二回も三回もあるわけではありません。ところがその唯一無二の人生を虚しく過ごし、自分勝手な考えで悪事を働いて地獄に堕ちようとしています。悲しいことですが、大切な人生を無駄にしているのです。ある人は、悪事を働きながら「これは悪ではない」と言います。また別の人は「悪事を働いても苦の報いなどない」と言います。そのように考えるだけで地獄に堕ちるということを知らないのです。

【用語解説】 悪事(あくじ)
仏さまは「貪(むさぼ)ること」「怒ること」「真理を軽んじること」の三つを悪事と呼びました。法律に反するような犯罪だけでなく、誰もが持っている煩悩のことでもあります。つまり私もあなたも悪事を働いているのです。三つ目の「真理」とは、「悪事を働けば、必ず苦の報いがある」ということです。

問い:水子とどう付き合っていけばいいですか?

答え:あなたのお子さんです。幸せにしてあげてください。

子供が幸せに思うことは何でしょうか。おもちゃやお菓子があること。動物園や遊園地に行くこと。友達と遊ぶこと。本人はあまり気付いていませんが、もう一つ、とても幸せな気持ちになる時があります。それはお父さんやお母さんが優しく笑っている時です。

水子ちゃんの存在が、いつまでもあなたの悲しみや苦しみの原因であってはいけません。「この子がいてくれたおかげで私は幸せになれた」と思えるように、水子ちゃんが自分の喜びとなるように努力してください。そうやってお父さんとお母さんに笑顔が戻れば、水子ちゃんは幸せな気持ちになります。あなたが一生、お子さんと仲良く幸せに暮らす秘訣は、水子ちゃんに感謝しながら、あなた自身が幸せになることです。

水子ちゃんのことでお悩みの方は、いつでもご連絡ください。なんでもお話しください。ご相談は無料です。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
メール: mushosan@shounji.or.jp
LINE ID: mushosan
ご連絡の際「ブログを見た」と
書き添えていただけると幸いです。

会津正雲寺 0242-28-1110
大分正雲寺 097-583-4433
水子供養は、福島県と大分県にある二つの正雲寺で承ります。

問い:水子がいます。どうすればいいですか?

答え:お寺でお葬式をしてあげてください。

たとえ姿形がなくても、生きていた時間が短くても、命は確かに存在していました。その命が亡くなったのですから、大人と同じようにお葬式をするのは当然です。ではなぜお寺でなければならないのかというと、お葬式はお坊さんにしかできないからです。普通のご供養なら、自宅でどなたでもできます。霊前にお供物をお供えし、手を合せて心から祈ればそれでいいのです。しかしお葬式は違います。

お葬式というのは、亡くなった人を仏さまのもとに入門させて弟子にする儀式です。お葬式によって、その人が犯した罪は洗い流され、きれいな心ときれいな体になって仏さまのもと(「天国」「極楽」「お浄土」と呼び名は様々です)へ行きます。そこで他のお弟子さま達と一緒にずっと心穏やかに平和に暮らすのです。仏さまの弟子になるためには、「受戒」と言って16条の戒律(宗派によって異なります)を受けなければなりません。この戒律を授けられるのは、すでに戒律を受けているお坊さんだけなのです。お坊さんは生きている内にすでに戒律を受けて仏さまの弟子になり、厳しい修行を重ねています。いわば先輩、先生にあたるのです。

純粋無垢と思われる水子ちゃんでも、過去世までさかのぼれば、どこかで罪を犯しています。その罪を洗い流し、本当の純粋無垢になること。仏さまのそばでずっと安心して過ごしていただくこと。これが水子ちゃんのお葬式です。

水子ちゃんのことでお悩みの方は、いつでもご連絡ください。なんでもお話しください。ご相談は無料です。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
メール: mushosan@shounji.or.jp
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ご連絡の際「ブログを見た」と
書き添えていただけると幸いです。

会津正雲寺 0242-28-1110
大分正雲寺 097-583-4433
水子供養は、福島県と大分県にある二つの正雲寺で承ります。

『修証義』 第5節

「しゅしょうぎ」は、道元(どうげん:1200-1253)禅師のお言葉を集めて作られた曹洞宗の基本聖典です。仏教の要点を全31節にまとめて「ブッダの教えとは何か」を解説しています。
皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりつつあります。わたくしの等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

【第5節 現代語訳】
善の行いには楽の報いが、悪の行いには苦の報いがあります。では、報いはいつやって来るのでしょうか。その時期は三つです。第一は順現法受(じゅんげんほうじゅ)。あなたの行いの報いが、あなたが生きている間にやって来ることです。第二は順次生受(じゅんじしょうじゅ)。あなたの行いの報いが、次の世に生まれ変わった時にやって来ることです。第三は順後次受(じゅんごじじゅ)。あなたの行いの報いが、次の次の世以降にやって来ることです。結局は未来永劫に、報いが消滅することはありません。この三つの時期を「三時(さんじ)」といいます。ブッダの教えを学ぶには、初めにこの「三時」を信じることです。「行いの後には必ず報いがある」という理(ことわり)を信じない者は悪に走ります。そして生きながら地獄に堕ちるか、または来世以降に地獄に堕ちて、激しい苦しみを受けることになるのです。

問い:嫌いな人とどう付き合えばいいですか?

答え:三つの方法があります。

ブッダは人の苦しみを八つに分類しました。その中の一つに「嫌いな人と付き合う苦しみ」というのがあります。ブッダがこのように明言したのは、この苦しみが誰でも避けて通れない真理だからです。まず、この事実を自覚することです。そうすれば、その苦しみが理由で過剰に自分をおとしめたり、または過激に相手を責めることもありません。あなただけが特別なのではなく、誰もが経験することなのです。この事実を客観視して心を乱さないこと、これが第一の方法です。それからブッダは「嫌いな人とは付き合うな」と仰っています。しかし、嫌いな理由があなたのわがままであってはいけません。ブッダは、避けるべき人として次のような人を挙げています。

〇みだりに生きものを殺す人
〇他人のものを盗む人(不倫も同じ)
〇嘘が習慣になっている人
〇酒や薬物に溺れている人
〇他人の過ちを責め立てる人
〇自慢話をする人
〇他人のあらを探して批判する人
〇物惜しみして与えない人
〇すぐに怒る人
〇他人が信じるものを非難する人

こうした人々とは付き合わないことです。これが第二の方法です。しかし、多くのしがらみがある社会で「付き合わない」と決めることは難しいでしょう。相手は古い友人だったり、会社の上司かもしれません。それはブッダが生きた2500年前も同じだったようです。そこでブッダはより現実的な解決策として、心の中ではっきりと距離を置くこと、相手よりも高い境地に立つことをすすめています。つまり、そのような人々と付き合いながらも「自分は決して真似をしない、染まらない」と決意すること。そしてそのような生き方が不幸しかもたらさないことを智慧として理解し、それを不憫に思い相手を憐れむことです。これが第三の方法です。これが最も尊い方法です。それだけに難しいことですが、あなたの思いやりの心、慈悲の心が相手を間違った生き方から更生させるかもしれません。自分も他人も幸せにして、最後には「好きな人」とか「嫌いな人」といった区別そのものをなくすこと、これが最上最善です。

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
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『修証義』 第4節

【解説】
「しゅしょうぎ」と読みます。現在の曹洞宗を開かれた道元(どうげん:1200-1253)禅師は、ご生涯を通して『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を著わされました。この『正法眼蔵』から文言を抜き出し、明治中期に編纂されたのが『修証義』です。仏教の教えを全31節にまとめて、やさしく解説しています。

皆さまに仏教とのご縁を深めていただきたいと願い、古文形の『修証義』を現代語に翻訳しました。大学の卒業論文で初めて試みて以来、この作業はわたくしのライフワークになりました。年齢を重ね、悟境を深めるにつれ、訳文は成熟したものとなっていくでしょうが、裏を返せば、若気の至りで稚拙な部分も多いということです。わたくしの裏も表もない等身大の『修証義』としてご覧いただければ幸いに存じます。合掌

正雲寺副住職 無聖(むしょう)
http://shounji.or.jp

【第4節 現代語訳】
多くの人々は、現世での善悪の行為によって、来世で生まれ変わった後に苦や楽の報いを受けるということを信じません。この因果応報の法則が、過去・現在・未来に渡って影響することを認めず、「苦の報いなどあるものか」などと勝手を言って、好んで悪事を働くような者に近づいてはいけません。この法則は、誰にも動かしがたい真理なのです。悪事を働く者は、地獄に堕ちて苦しみを受けます。しかし反対に、善い事をする人は、天上界に登って楽を受けるのです。この道理にわずかの狂いもありません。もし因果応報の法則などないと言うなら、ガウタマ・シッダールタという一人の若者が悟りを得てブッダとなり、摩訶迦葉(まかかしょう)が跡を継ぎ、菩提達磨(ぼだいだるま)が法を受け継いでインドから中国へ仏法を伝えたこと、つまり世代を超えて法が引き継がれ、今あなたの目の前に正伝の仏法が存在しているという事実をどうやって説明するのですか。